ロシア革命から100年だったのだ

ジョン・リードが伝えたロシア革命

今年はロシア革命から100年にあたり、先日11月7日はレーニン率いるボルシェビキがケレンスキー臨時政府を倒した10月革命から100年だったんですね。もう巷間話題にもなりませんが、ソ連邦崩壊以降は、虐殺と抑圧の歴史のはじまりのようにも考えられて、革命そのものが語られなくなってしまった。私自身も、かつて高橋和巳が情勢論と喝破したような嘘くさい政治論議はしたくありません。ただ、ロシア革命というと、かつてジョン・リードが目撃し描いた下のような世界を思い起こす事にしています。

かくも一生懸命に理解し決定しようと努めている人々を、私は未だかつて見たことがなかった。かれらは身動き一つせず、一種の恐ろしいような熱心さをこめて、演説者をみつめ、思考の努力で眉はしわ寄り、額には汗をにじませて立っていた。子供のような無邪気な澄みきった瞳と、史詩の勇士のような顔をもつ、偉大な巨人たち。・・・・

中略

都市、地方、全戦線、全ロシアのあらゆる兵営でくりかえされつつある、かかる闘争を想像せよ。連隊を見守り、あちこちへ急行し、議論し、脅迫し、懇願する不眠のクルイレンコ(ボルシェビキの軍務人民委員←投稿者注)たちを想像せよ。そして同様なことが、すべての地方の労働組合、工場、村落、遠くはなれたロシア艦隊の軍艦の上、でおこなわれているさまを想像せよ。広大な国のいたるところで演説者を見つめている無数のロシア人たち、一生けんめいで理解しようとし又選ぼうとし、ふかく考えこみー最後には満場一致で決定する労働者、農民、兵士、水兵たちを考えてみよ。ロシア革命とはかかるものだったのだ。・・・・

ジョン・リード著 原光雄訳 『世界をゆるがした十日間』上 岩波文庫 p224-228

この著者のジョン・リードをウォーレン・ベイティが演じた『レッズ』という映画がありました。その中の1シーンです。リードがソビエトの集会に参加しています。周りの労働者にアメリカから来たと知られて発言を促されます。リードは、私には代議権がない。と断ります。労働者は怪訝な顔をしてそんなものは必要ないと言い、リードは驚きながら壇上に上げられます。それまでの西欧的でお上品な、それゆえどこか嘘くさい代議制とか民主主義(的手続き)とは違う働く者・戦う者の意志決定の様子を象徴的に示すシーンでした。


しばらく前に、『ブラッドランド ヒトラーとスターリン大虐殺の真実』上下:ティモシー・スナイダー著という本を読みました。このロシア10月革命からわずか20年後に、西からヒトラー東からスターリンの1,400万人にのぼる非戦闘員の大虐殺がはじまります。この本では、ロシア西部・ウクライナ・ベラルーシ、それにバルト諸国にポーランドをブラッドランド(流血地帯)として、そこでの殺戮の様子を生々しく記述しています。ナチのユダヤ人やロマ・ポーランド人などに対する虐殺は早くから糾弾されてきました。しかし、スターリンとソ連の虐殺は、その現場がソ連国内とソ連支配の東欧にあったために実体が明らかにされてきませんでした。加えて、ソ連がナチと対抗する連合国側であったこと、西側諸国にソ連を擁護する共産党系あるいは民主勢力が、根強くあったため意図的に隠蔽され続けてきたのだとされています。


それでも100年前のロシアには、リードが記録したような本当に働く者が、自らの運命を決定するために文字通り命をかけて戦うという真実の世界があった。それは今でも世界中の進歩と変革を信じる人たちに記憶されるべきだと思います。

私の読んだ岩波文庫版の『世界をゆるがした十日間』の奥付には、

1957年10月25日 第1刷発行
1977年6月20日 第28刷発行

とあります。つまりこの本の日本語訳はちょうどロシア革命から40年後にその第1刷が発行されています。私が買った版はその20年後つまりロシア革命から60年後の発行のものです。たぶん時間をおかずに読んだはずです。それから既に40年が経っています。そうした時間の感覚から言うと100年前は紙の上のかび臭い歴史にしてしまうべきものではない。

私の読んだ『世界をゆるがした十日間』の奥付。40年前!

また引用ですが、自分のための備忘録としてお許しください。

ぼくらが耳を傾けるさまざまな声のなかには、いまや沈黙した声のこだまがまじってはいないか?(中略)もしそうだとすれば、かつての諸世代とぼくらの世代とのあいだには、ひそかな約束があり、ぼくらはかれらの期待をになって、この地上に出てきたのだ。

過去は、ひそやかな向日性によって、いま歴史の空にのぼろうとしている太陽のほうへ、身を向けようとつとめている。あらゆる変化のうちでもっとも目だたないこの変化に、歴史的唯物論者は、対応できなければならない。

ヴァルター・ベンヤミン 「歴史の概念について」野村修編訳・『ボードレール』岩波文庫 p328-330

ロシア革命に関する2冊の本


プロレタリアートは、机上の抽象でなく実体であり、ロシアの唯一の救いだったのだ

それともう1冊、これも随分以前に読んだものですが、ロシア革命を考えるというか感じるために面白い本です。

長谷川毅著 『ロシア革命下 ペトログラードの市民生活』中公新書 1989年

この本は1917年3月から18年5月に至るペトログラードの市民生活を、低俗新聞の社会面に載った記事によって再現するとするものです。ちょうど2月革命から、10月革命を経て、とりあえずボルシェビキにより社会生活の安定がもたらされつつあった期間の記録になります。

この間のことについては、ケレンスキーの臨時政府とその戦争継続政策がとか、レーニンの封印列車と4月テーゼがとか、コルニーロフの反乱とか表立った政治の表面のことは勉強してきました。しかし、実際の当時のロシアの都市や農村、前線の兵隊の状態などなにも具体的なことは知らないし、イメージさえ持てなかった。それをこの本は、当時の低俗新聞の記事の寄せ集めで、生々しく語ってくれています。いわばジョン・リードの本が描いた世界の裏側の事になります。

そこでは、強盗、殺人、脱獄、脱走、ほかありとあらゆる暴力沙汰が横行し、治安機関は無力化しています。意味のなくなった戦争を止めることができないケレンスキーの臨時政府と、なにも具体的に決められないドォーマ(国会)、今のシリアやイラクのような状態だったと思えば良いのでしょうか。そうした中で唯一統制の取れた意志決定のもとに活動できる集団が、工場労働者の労働組合であり、それに兵士・水兵(農民)を加えたソビエトの組織する赤衛隊だった。つまり、プロレタリアートというのは、本の中の概念ではなくて、当時のロシアでは、本当に社会の付託に耐えうるただひとつの実体だったのだ。それが、その後の内戦、内ゲバと粛清、外からの干渉戦争により疲弊し、実体としても解体させられていく。その中で、いかなる選択が可能だったのかという事なんだと感じました。

『朝日』の記事がひどい!
教科書の文章がピンチ、それが理解できない?『朝日』の記者・編集者に日本語やその読解力を語る資格はない

11月7日付けの朝日新聞デジタルの記事、教科書の文章、理解できる?中高生の読解力がピンチを読んで腹がたって仕方がない。

この『朝日』の記事を一読してその主旨に納得し賛同したとしたら、あなたも相当にピンチなイヤな中高年になっています。よく言われる今の若者は・・・の無自覚で無責任なオヤジの一人だと言う事です。

まずは、この記事に引用されている4つの教科書の文章は、いずれもひどい悪文です。理解しにくい、誤読しやすい文章です。あえて言うなら良く試験の5択問題(誤っているものを選べ)にある引っ掛け回答、つまりわざと間違いやすく誤読しやすように書かれた文章のようですらあります。具体的に見てきます。

最初に、記事の冒頭にあるメジャーリーグ選手の出身国の内訳の記述です。

朝日新聞デジタル11月7日付け

メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多くおよそ35%である。

単純に文章として読んでみても、選手という言葉が重複して使われて煩わしい。ここは、アメリカ合衆国以外の出身である。として、句点で区切ったほうがはるかにすっきりした分かりやすい文章になると思う。その点はまあ置いておく。この文章は、文章自体の論理からいうと、問に対する答えは特定出来ない。つまりその出身国そのが、メジャーリーグの選手をさすのか、アメリカ合衆国以外の出身の選手をさすのか、判別できない。28%と35%という数字の大小の包含関係からそのが、 アメリカ合衆国以外の出身の選手をさしているのが分かる。ちなみにこの35%を10%と換えてみると、これはどちらとも解釈可能になる。つまり、そのメジャーリーグの選手として、メジャーリーグではアメリカ合州国出身の選手が72%、ドミニカ共和国出身が10%、その他の出身の選手が18%と読んでも理解としては、正しい。少なくとも間違った読み方とは言えない。正答の②の図とも合うしね。文章が悪いのだ。

多少譲って、これはそうした数字などコンテンツの分析も含んだ読解の問題なのだと言われるかもしれない。だが、この元の教科書は『中学生の地理』なのだ。アメリカ合州国の野球選手の出身地が多様化しているということを伝えるのが主題だろう。そうであれば、より論旨明確に分かりやすく伝える書き方がある。たとえば、下のように合衆国以外の選手全体のというフレーズを加えるだけで、はるかに分かりやすくなる。

メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手である。その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多く合衆国以外の選手全体のおよそ35%である。


2番めの『新しい社会 歴史』から引用された文章も、読点の打ち方がデタラメで下手をするといかようのも解釈可能な酷い悪文だが、設問自体が下劣でここでは省く


3番目の文章も酷い。どうも英語の教科書か副読本の引用のようだが、こんな文章である。

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexasandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

ここから、Alexandraの愛称は( )である。という設問に4択で答えさせている。答えはAlexなのだが、ここでは、文章(質問者)自体に言葉の定義に問題がある。通常の日本の概念から言えば、名前で、この場合では、AlexandraAlexanderが、それにあたる。それに対してAlexは、愛称でしょう。ところが、Alexは・・・名前で、・・・愛称で、・・・愛称でと文章自体に言葉の定義の不一致があって、その事で回答にためらいが出てくる。これも意図的にしているとすると、野球選手の出身の問題と一緒で、一種の引っかけ問題(受験者を間違わせるための設問)のようだ。


最後の『地理』の教科書からの問題例ですが、これはもう言葉を失います。読点乱用でまともな日本語になっていません。試しに読んでみて下さい。

仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

これは、並列して書かれている名詞(地域名)の間を読点ではなく・(ナカグロ)とすればまだなんとか読むことはできる。

仏教は東南アジア・東アジアに、キリスト教はヨーロッパ・南北アメリカ・オセアニアに、イスラム教は北アフリカ・西アジア・中央アジア・東南アジアにおもに広がっている。

こんな酷い文章が教科書で、それをまた天下の公器たる大新聞の記者が無批判に引用して中高生の読解力がと表題をつけて載せているのですから、情けない限りです。お前も朝日新聞の記者なら、大先輩の本多勝一の書いた『日本語の作文技術』でも一度読んでみたらどうか。そこには、読点のことも詳しく書かれている。その程度の基本的文献も読まずに駄文・悪文を書きなぐって金をもらっているのか。

この朝日の記事を読んでまず思ったのは、こんな酷い文章の教科書を今の中高生たちは与えられているのかという事です。そしてそれを元にしたここにある設問が、これも破廉恥と言うレベルで酷い。読解力を試すというより、よくある引っ掛け問題で受験者を間違わせるための設問です。こんな仕打ちをされて、教科書の文章、理解できる?中高生の読解力がピンチなどと言われる今の中高生がかわいそうですし、ひたすら申し訳なくなります。それにこの体言止めのネット用語のようなゲレツな表題も気分が悪い。これが平気になっているとしたら、もうあなたの言葉の感覚は、汚いネット言語に相当麻痺させられていると思います。子どもたちも、こんな表題や記事を書いたり載せたりする奴に読解力などと言われたくないですよね。


よくゆとり世代が〜と言われます。それに先行する教育課程を履修した人間が若い世代を侮蔑するのに使われているようです。これなど、年寄りの定番の今の若いものはと同じ事です。この記事に引用された教科書やそれに基づく設問をこうして読まされると、ゆとり呼ばわりしているそうした50代の連中を共通1次・センター試験世代と呼びたくなります。こうした誤読させる間違わせるための文書を解読するのが、読解力であり、それをもとにした引っかけ問題の罠をくぐり抜けてきた要領だけの良い人間が評価されている。そうした連中が、自分のくぐってきた不毛な罠を下の世代にも強要して、それを上手くこなせない当たり前の感覚に対して罵倒を浴びせている。そのようにしか思えません。

第69回 正倉院展に行ってきました  1

公開講座・『正倉院の鏡』

第69回正倉院展に行ってきました。最近は、会期中に3回ほど行われる公開講座を受講してから閲覧するようにしています。この公開講座は、おもに奈良国立博物館の学芸部研究員が担当して、それぞれの専門分野の最新の成果を紹介してくれています。毎回よく出来たレジュメとプレゼンテーション、時間配分もほぼ完璧になされています。入念な準備に加え、おそらくリハーサルもされているものと思います。こうした講座の場合、現役の若い学芸員などの担当するものは、有意義で面白いものが多い。それに対して、館長とか、所長とか、名誉なにがしといった年寄りのものは、概して冗長で内容がなく下らないものになりがちです。もう第一線の研究に対する関心も緊張感もなく、惰性と昔の研究の記憶やプライドだけしかないのと、その割にはまわりから持ち上げられてしまうからでしょう。


昨年、名古屋市美術館の藤田嗣治展に合わせて開かれた講演会はひどいものでした。私が行ったのは、副館長の深谷某という人間の番でした。ダラダラと藤田の縁戚関係とかエピソードが語られます。それもたいていは藤田の甥の蘆原 英了や、『評伝』を書いた読売新聞の田中穣の本にある内容です。それで、この調子で続けると予定した内容の半分も終わらない云々という言い訳兼ウケ狙いの戯言を5回以上も繰り返していたでしょうか。結局なにが言いたいのか話の主旨もわからないまま終わりました。まったくの時間の無駄でした。結局この御仁はまともな準備もしないまま話をした無責任野郎か、根っからのウツケのどちらかでしょう。


正倉院展の公開講座に戻ります。11月4日は、中川あやさんという研究員の『正倉院の鏡』と題する講座でした。後で調べると京大の文学部と修士課程を修了した39歳の気鋭の才媛でした。良く出来た懇切丁寧なレジュメ・プレゼンと論旨明瞭、滑舌良好なお話しぶりで惹きつけられます。正倉院のそれぞれ北倉と南倉に収められた鏡を唐で製作されたものか、日本で製作されたものか、前者であればその年代と持ち帰られた遣唐使の推定などを史料をもとに推測・分類されます。北倉に収められたものは、ほとんどが唐製の最新のものであるとして、その理由をあげられます。まだ活字には出来ないがとして、桓武天皇や光明皇后が新しいもの好き、舶来品好きだったのでは、とユーモアを混じえて話されていました。これまで漠然と見てきた正倉院の鏡ですが、そうした由来なども頭に見るとまた新鮮な驚きと感慨があります。

それと、当時の日本製の鏡は、唐のそれと似せようとして頑張ったが残念!違うというものだったと具体的なデザインなどの例をあげて説明されていました。この時代に限らない中国の文化への模倣の長い歴史を考えると、ごく最近の中国のコピー商品をあげつらって民度やら国民性まで云々するのは恥ずかしいことだとあらためて思います。

期日前投票に行ってきました (2017衆)

本日の我が家

 

  • 比例区 社民党
  • 少選挙区(三重3区) 野村まさひろ(共産党)
  • 最高裁裁判官国民審査 全員✘

 

私の投票行動は以上の通りです。22日(日)に仕事が入る可能性があるのと、もうこれ以上ろくでもない選挙報道など見たくもない。それで早々と期日前投票に行ってきました。

ふたたび、『あたらしい憲法のはなし』について

  • 『あたらしい憲法のはなし』 文部省

  • 『あたらしい憲法のはなし』について

  • 『あたらしい憲法のはなし』のオンライン・ドキュメント 2005年1月付け記事

  • 今から、12年前の2005年1月に私のホームページに載せた記事とドキュメントの紹介です。小泉純一郎、神崎武法らによってイラクへの自衛隊派兵がなされ、憲法改正が画策されたことに危機感を持ってアップしたものです。今、安倍晋三、山口那津男、小池百合子、松井一郎・橋下徹、そうしたゴロツキのような連中によって私たちの憲法が、本当に台無しにされようとしています。この『あたらしい憲法のはなし』には、戦争で負けた日本人が、どんな思いで憲法を作ったか、そして守ろうとしたかが平易な言葉で、でも強く書かれています。あらためて、もう一度読んで欲しい。広めて欲しいと思います。

    この12年前の『あたらしい憲法のはなし』についてでも書きましたが、今も、オンラインのドキュメントとしてルビをふったものは、残念ながら他にないようです。今なら、国内にたくさんいる外国人労働者やその家族に読んでもらうためにもルビは有用です。よく誤解というか歪曲されていますが、日本国憲法は、国民だけの権利を定めたものではありません。多くの条項は、その主語を何人もとされています。また特に主語を定めていない条項もそれに準じるものです。日本国憲法施行下にある人は、何人もその権利を知らされ、守られなくてはなりません。もちろん不法滞在者も含む在日外国人も、有事に逃れてくるであろう難民もその対象になります。それを、はなから射殺云々と言い放つ人間が副首相というのですから、本当におぞましい限りです。

    ちゃんとしたHTMLで、ルビをふるのは今でも相応に面倒な作業です。あらためて、このドキュメント(ruby要素つきHTMLソース)は自由に使ってもらって構いません。リンクはもちろん、コピーして自分のサイトやローカルディスクの保存などの、2次配布、3次配布も、商業利用も歓迎です。あえて言えば、 GPL に準じるものと考えています。これは、要するに先にあげたような、どんな利用も可能だが、それにあらたにクローズドなライセンスを被せるのは許さないと言う事です。

    HTMLのソース(マークアップされたもと言語)をダウンロードするには、下のリンクを右クリックして、名前を付けてリンク先を保存(Firefoxの場合)などお使いのブラウザに合わせて操作して下さい。上のリンクでも同様の操作で出来ます。詳しくは、『あたらしい憲法のはなし』についてにも書いてあります。

    『あたらしい憲法のはなし』 文部省


    GPLについてのリンク

  • GNU General Public License (原文)
  • GNU一般公衆ライセンス (日本語訳)
  • 松下竜一 『その仕事』全30巻 2 大道寺将司さんの句

    大道寺将司さんの獄中からの2冊の句集。

    松下竜一さんが、『狼煙を見よ』で取り上げた”狼”の大道寺将司さんの俳句です。松下さん、大道寺さんの母親、支援者の荒木さんが立て続けに亡くなった2004年のものです。

    その時の来て母環る木下闇こしたやみ

    母死せるあした色濃き(がく)の花

    悼 松下竜一さん

    竜天に夏草の根を引つ摑み

    封状の文字の滲みや虎が雨

    『棺一基 大道寺将司全句集』より

    引用3句目の竜天は、季語の竜天に登ると亡くなった松下さんの名前・竜一をかけたものでしょう。大道寺さんが、亡くなった人が天に登るという発想をしているとは思えません。数少ない掛け替えのない支援者で理解者であった松下さんが亡くなっても、弔いに出向くことも出来ない。それで、拘置所の作業なのでしょうか、運動場の草をむしるしかない。その無聊さと無念さを、天と閉ざされた狭い地を這うように囚われている自分を対比させ詠んでいる。そんなふうに読めます。

    相次ぐ訃報を獄中で聞いた2004年というのは、大道寺さんにとっては辛い年だったでしょう。 大道寺将司さんと、お母さんは普通の親子とは違う関係であった、でもかえって、それゆえに深い絆で結ばれていたようです。詳しくは、松下さんの本を読んでいただくとして、松下さんがいなければ、この爆弾無差別殺人犯にそうした情に満ちた生い立ちと家族関係があった事など、知る由もなかったのです。

    1句目、2句目はこのやはり看取ることの出来なかった母親の死を悼んだ句です。痛切な思いが伝わってきます。父親が亡くなってから、お母さんは北海道から暑い関東に越して来たそうです。なれない都会で、電車からホームへの転倒による骨折、加齢からくる圧迫骨折を繰り返しながら面会を続けてくれた。その母親を、ようやく涼しい木下闇に還すことなった。また訃報を伝えられた朝に目にしたものに獄屋のガクアジサイがあったのでしょう。そうした目にしたり耳にしたりした自分以外の周りのものに託すように言葉にする事でしか自分の悲しみを表現できない。そうしたことは確かにあるし、あった。大道寺さんは、松下さんか辺見庸に、逆縁にならなかったのが、まだ救いだ。と言ったそうですが、死刑囚の言として、それもつらい。

    中学生の頃に習った有名な斎藤茂吉の歌を思い出します。

    のど赤き玄鳥つばくらめふたつ屋梁はりにゐて足乳たらちねの母は死にたまふなり

    斎藤茂吉というのは、自身精神科医でありながら随分ややこしい人間だったようです。歌壇での論敵に対する執拗で陰湿な攻撃的文章を読むと気分が悪くなります。今のネットでのギスギスして不毛なやり取りのようです。斎藤茂太や北杜夫が茂吉に触れたものを読んでも、どうもすっきりしないものを感じます。今は削除されていますが、wilipediaの茂吉に関する項では、おもに夫人に対する家庭内暴力云々の記述もありました。山形の田舎から、東京の医師の家に15歳で養子に出された三男坊の僻みかと安直に考えたりもします。そういったものが、まったくなかったとも言えないでしょう。生母に対する恩讐入り混じった感情も整理されぬままの喪失の悲しみを言葉にするには、こうした形しかなかったのかなと思います。たまふという敬語使いも、この時代の親に対するものとしては当たり前かもしれませんが、なにかよそよそしさを感じます。一方で、生みの母ではなかった年子(松下さんによる仮名)さんの将司さんに対する深い情愛と、それに応える句という形で残されたものがここにあります。

    方寸(ほうすん)に悔数多あり麦の秋

    面会の礼状に書き添えた句だそうですが、これも良い句です。


    引用の4句目、虎が雨は季語ですが、その文字の滲みは、虎ならぬを名乗った自分の涙によると云うのは、少し深読みのし過ぎでしょうか。

    松下竜一 『その仕事』全30巻 1 買ってしまった

    物を減らすと言いつつまた増やしてしまいました。買ったものは、松下竜一 『その仕事』 全30巻。古本で送料込みで30,000円弱でした。もちろんアマゾン及びその登録業者からではありません。

    松下竜一・『その仕事』30巻。並べるスペースがないので、畳に直置きしている。

    きっかけは、松下さんの『狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線”狼”部隊』をまた読みたくなったからです。先日亡くなった大道寺将司さんとご両親、その妻・あや子さんと東アジア反日武装戦線について書かれたドキュメントです。ずっと以前に求めて読んだものは、誰かの手元に渡ったまま戻ってきませんでした。松下さんの著作は、地元・四日市の図書館には所蔵が少なく、この『狼煙を見よ』もありません。津市にある三重県立図書館には、『その仕事』全30巻を所蔵していて、四日市図書館を通じて借りていました。たびたび、それを繰り返すのも面倒なのと、これから10年あるいは20年、読書を何年続けられるか分かりませんが、松下さんの本なら手元に置いて、いつでも手に取る事が出来るようにしたいと思いました。

    それと、私の連れ合いが、この著作集の中でも1冊をついやして取り上げているある冤罪事件(『記憶の闇 甲山事件<1974→1984>』)の裁判闘争の事務局を務めていました。松下さんは、公判の傍聴やその後の集会にも参加してくれて、知遇を得ています。書かれている文章の通りの、真面目で謙虚な人だったそうです。また、いつも伊藤ルイさんと連れ立って来てくれたとのこと。伊藤ルイさんは、関東大震災の際、甘粕正彦ら憲兵隊により虐殺された大杉栄と伊藤野枝さんの娘さんです。そのルイさんの半生も松下さんは本にされています(『ルイズ 父に貰いし名は 』)。もちろんこれも『その仕事』の中に含まれています。そんな関係もあって、松下さんの本ならばと合意がえられました。

    松下さんは、その出世作・『豆腐屋の四季』こそベストセラーになったようですが、家業の豆腐屋をやめて文筆業を始めてからのほうが、かえって生活は苦労なされてようです。それは、『その仕事』30巻に収められている作品の主なテーマを見ても分かります。私などにとっては、いずれも興味深いものなのですが、おそらくは一般受けのしないものばかりでしょう。たとえば、東アジア反日武装戦線や、大杉栄・伊藤野枝の遺児を書いた前掲3書の他にも、

    『久さん伝』
    大杉栄の仇を取ろうと陸軍大臣を狙撃したアナーキスト・和田久太郎の半生
    『とりでに拠る』
    大分でのダム建設に反対して、最後まで蜂ノ巣城に篭って戦った宮原知華
    『檜の山のうたびと』
    ハンセン病歌人・伊藤保の半生
    『怒りていう、逃亡には非ず』
    ダッカ事件で出獄し日本赤軍コマンドになった一般刑事囚・泉水博のこと
    風成かぜなしの女たち』
    大分県臼杵で、セメント工場建設のための埋め立てに反対した女性たちの闘争

    などなど、一般の人の感覚からみると、こんな本だれが買うのだろう。むしろよく出版してもらえたなあとすら思います。自分の書きたいもの、書かなくてはという思いにのみ從って書き続けたからでしょう。物書きとしては当たり前のようですが、同じように社会的な観点のノンフィクションを書いている澤地久枝さんとか、辺見庸の場合は違う。何が受けるか、何を書いたら売れるのかを一方でちゃんと計算というかリサーチした上でテーマを選んでいるように感じます。それは、彼らが雑誌編集者とか通信社記者という商業主義的媒体にいたということと関係していると思います。30歳までひたすら豆腐屋家業に追われてきた松下さんとは違います。

    月見どろぼう

    この辺り(三重県北部あるいは四日市限定か)だけの風習のようだが、中秋の名月の夜にはお供え物を子どもたちが盗っても良いことになっている。昔は、それこそお供えの団子を、腹をすかした子どもが盗るのは仕方がないと見過ごしてくれていた、というのが謂れかもしれない。今はもうすっかり行事化して、子どもが取りやすいように小分けされた市販のお菓子を並べるようにしている。子どもたちも、それぞれ大きな袋を手に町内を廻っている。

    小さな子どもは5時くらいから親御さんと行動開始。仕事で使う「馬」と作業台に飾る。

    子どもたちも良くしたもので、ちゃんとお月見下さいと声をかけてから、ありがとうと持っていく。それも後の仲間のため一人一個と躾けられているのか、黙っていてもそれを守っていくからかわいいものだ。親に手を引かれた小さな子どもから、部活帰りと思しき中学生まで、そのあたりは徹底されている。人気は、明治の『きのこの山・たけのこの里』やロッテの『チョコパイ』。すぐになくなった。連れ合いが昨日作って三方に飾ったダンゴも珍しがられて欲しがる子どもいたが、こちらはお月さま用だからと堪忍してもらう。これを食べてもらうのが本来の姿なんだろうけど、今の御時世ではこれは仕方がない。もちろん、少し固くなっていたがちゃんと食べられた。

    月の出る6時くらいにはほぼ完売